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2023.08.03
零戦の開発者達②
主任設計を担当した三菱の堀越二郎は、戦後、職業の選択を間違えたと苦しんでおりましたが、飛行機の開発が許されたのをきっかけに、国内初の国産旅客機の開発に取り組みました。
プロジェクト開始から7年、国内初の旅客機が誕生しYS-11と名付けられました。国内に留まらず世界の空を飛ぶ事が出来るようになり、平和の象徴として、東京オリンピックの聖火を日本に運んだ事でも有名です。
2006年9月に引退をし、残念ながら国産旅客機の生産はYS-11が最初で最後となってしまい、現在日本の空を飛ぶ飛行機は外国産のものだけとなり、技術立国として世界をリードして来たその地位は失われつつありますね。
最後に、生前、堀越二郎が語っていた話を紹介したいと思います。
解明されている分野と未知の分野の境界線を歩いている技術にこそ進歩があるわけで、絶えず失敗を恐れているのではなく、勇気と挑戦が必要。日本人の中にはその魂があると思っている。
零戦の開発者達①
零戦の開発者達③
零戦の開発者達④
零戦の開発者達⑤